私は天使なんかじゃない







建前と本音と善意と悪意






  物事には様々な側面がある。
  全てが本音とは限らない。

  建前と本音。
  善意と悪意。

  世の中の事象は全ては光と影の側面で成り立っている。





  蜂起は叩き潰された。
  私の指示でダウンタウンの奴隷達は希望を失い、奴隷の身分のままダウンタウンに追い返された。
  私は悪の女?
  そうは思わない。というか悪女とは思いたくないです。
  そもそも私がアッシャーに味方したのはダウンタウンの人々を護る為だ。私が介入しなければ、手を加えなければ死傷者が確実に生まれていただろう。
  実際に私の作戦の成果として奴隷達は怪我人は続出したけど誰も死ななかった。
  私が介入しなければ?
  大勢死んだだけでしょうね。だってワーナーにしてみれば奴隷の蜂起は陽動でしかない。アッシャー側への目くらまし程度。
  死者を出すだけで無意味な蜂起は鎮圧するに限る。
  だからこそ私は叩き潰した。
  そうする事で救った、つもりだ。もちろんダウンタウンの面々はそうは思わないだろうけど。

  結局ワーナーは姿を現さなかった。
  あくまでピットという街の流れの影に潜む陰謀家でいるつもりらしい。
  それならそれでいい。
  私が表に引き摺り出してやる。
  もしくはこちらから出向いてあげてもいいけどさ。
  理由はどうであれ奴は街を引っ掻き回している。しかもそれが単純に、純粋に『治療薬で皆を助けたい』なのかすら不明。目的が分からない。
  奴は奴隷達を捨て駒に使ったからだ。
  私だから。
  私だから死傷者を出さずに済んだ。異邦人の私だから客観的に物事を捉え、計画し、行動に移せた。
  アッシャー側の誰かが立案した計画なら皆殺しにされていただろう。
  少なくとも見せしめの一環でかなりの数が殺されただろう。
  ワーナーはそれを分かっていたはず。
  なのに計画を行動に移した。
  心底奴隷の解放を考えているとは考えにくい。

  反乱の首謀者としてミディアは拘束、ヘブンの一室に現在軟禁されている。ワーナーの傭兵のジェリコも拘束されている。
  その他大勢の奴隷達はダウンタウンに追い返された。
  一応の平定ではある。
  だけどまだ終わらないのは私には分かっている。
  結末を紡ごう。
  さあっ!



  蜂起の翌日。
  掃討戦を敢行、結局のところ奴隷達は戦意が喪失してダウンタウンに逃げ帰った。
  死者は出ていない。
  まあ、奴隷側の怪我人は大量に続出したけど死者は出なかったのは奇跡の類だろう。
  私のお陰です。
  ほほほ☆
  私は疲れたので掃討戦には参加していない。
  ……。
  ……まあ『掃討戦っ!』と聞くと凄みを感じるけど要はダウンタウンに追い返しただけ。奴隷達は元の場所に戻った。もちろん彼ら彼女らの待遇や
  境遇が良いとは言わない。最適でもなければ最良でないのも分かってる。
  そこはそこで話を詰めていこう。
  誰と?
  アッシャーと。
  何気に報酬として私は彼の腹心に抜擢されましたから。
  ある程度の発言力はあるだろうさ。
  もっとも私の進言をそのまま通すかどうかは私の領分ではない、結局はアッシャーの裁量に委ねる事になる。
  だけど救済に仕向ける事は出来るわけで。
  寝覚め悪いからね。
  私が何もアクションしなかったからダウンタウンでバタバタ人が死んだっていう展開がさ。私は小心者ですので何かをしないと落ち着かない。
  さて。
  「こんにちは」
  コンコン。ガチャ。
  私は立ち入り禁止区画である研究室に入る。まあ、私の立ち入りは許可されてますけどね。
  特別許可が出されてる。
  一応はアッシャーの全幅の信頼を受けているらしい。
  研究中のサンドラが出迎えてくれた。
  「あら。どうかしたの?」
  「ご機嫌伺いです
。それで、マリーはどう? あの騒動で怯えてない?」
  「大丈夫よ。私の天使は世界で一番健康な赤ちゃん、元気一杯だもの。でも、1つだけ正直困っているの」
  「困っている?」
  「ちょっと機嫌が悪いの。マリーの機嫌が良い方が研究もし易いんだけど……」
  「そんな貴女にサプライズ☆」
  「えっ?」
  「森の国からやって来ましたテディベア☆ ……どうかな? 手作りだけど?」
  「ありがとう。マリーはヌイグルミが側にあるとご機嫌だし、私も久し振りに睡眠が取れそうね。本当に嬉しいわ、マリーはね、テディベアが大好きなのよ」
  「よかった」
  ベビーベッドに眠るマリーの枕元にクマさんのヌイグルミを置く。
  お母さんって良いなぁ。
  なんか和む。
  私のママもこんな感じだったのかなぁ。見てるだけでも心が温かくなる。
  その時……。
  「ボス、ミディアの尋問をアッシャー様から任されました。どうぞこちらに」
  「……はあ」
  和やかタイムしゅーりょー。
  平和な時間は続かないらしい。やれやれだぜー。
  ちなみにアカハナも出世しました。アッシャーの腹心の副官なので結構地位が高いようです。どの程度かは曖昧で不明だけどさ。
  デュークよりは下なんだろうなぁ、多分。
  まあ別にいいか。
  「アカハナ、案内して」
  「了解しました」
  さあて。
  お仕事お仕事。




  ミディアが軟禁されている部屋に入る。
  窓はない。
  室内にあるのは小さな照明、テーブルと椅子が2つ、テーブルの上にある水の入っている水差し。それだけだ。ああ、個室のトイレは一応あります。
  食事は与えられていないらしい。
  ……。
  ……まあ、餓死するほどではないだろう。
  拘束、軟禁されてまだ1日だからね。
  私が入るとミディアは自嘲気味な笑みを浮かべた。アカハナは外で待たせている。ミディアと私のサシの対話だ。
  「元気してる?」
  ミディアは大人しく椅子に座っていた。
  私も座る。
  「拘束は本位ではないわ。アッシャーが用があるのはワーナーだけよ。奴はどこ?」

  「……そう、貴女はアッシャー達と手を組んだってわけね」
  「手を組んだ?」
  「前にもそういう人がいたわ。特権を与えられて、牙を抜かれる人が。餓えた野犬から平穏で可愛い愛玩用の飼い犬になったってわけね」
  「面白いわね、それ」
  「何が面白いのよっ!」
  バン。
  テーブルを強く叩くミディア。私はそれを静かに見守った。
  彼女の逆上は八つ当たりでしかない。
  理屈としては『ミスティが裏切ったっ!』なんだろうけど私にしてみれば都合の良い理屈だと思う。
  そもそも私はミディアの仲間?
  そもそも私は奴隷解放を志願した?
  突き詰めて考えると……いや、ちょっと考えたらおかしい理屈だと思うんですけどね。私はここに拉致された、私は勝手に任務を押し付けられた、任務
  を押し付けるくせに私には何の情報も与えない。どう考えたっておかしいだろ。
  これで裏切るなっていう方がおかしい。
  もちろん裏切りだとは認識してませんけどね、私はね。
  最初から仲間になったつもりはない。
  それが結論だ。
  それに……。
  「悪いわね。あんた達の自由の為でも罪もない赤ん坊を誘拐なんて私には出来ない。それが結論よ」
  「貴女が臆病風に吹かれたお陰で私達は死ぬまで奴隷ってわけ? 我が子がモンスターになるのを黙って見ていろとでも言うの?」
  「じゃあマリーは死んでもいいわけ?」
  「な、何かを得る為には犠牲は絶対に必要なのよっ!」
  「正論ではあるわ。でも詭弁でもある」
  「どこがよっ!」
  「良心としての問題よね。赤ん坊を犠牲にするなんて私には出来ない。悪いけどね」
  「目を覚ましてっ!」
  「私は正気よ。そして客観的にこの街の問題を見てきた。その上で出した、どちら側でもない答え。アッシャーに付いたように見えるんだろうけど私は
  客観的にこの街の状況を判断し、その上で答えを出している。最善の道を探してる。短絡的に行動してる人に文句を言われる筋合いはない」
  「文句じゃないわ。これは助けを乞う奴隷達の魂の叫びよっ!」
  ミディアの叫び。
  正論ではある。
  正論ではあるけど……本質が見えていない。
  彼女は信じてる。
  ワーナーをね。
  だけど私からするとワーナーは信じるに値しない。ミディアは蜂起すれば勝てると踏んでいたのかもしれないけど、ワーナーは奴隷を最初から
  捨石にするのは明白。少なくとも私はワーナーの計画はダウンタウンの為になるとは思っていない。
  あれは明らかに暴挙だ。
  犠牲の上に成功が成り立つのは真理かもしれないけどあからさま過ぎる。
  奴はいかがわしい理想主義者ですらない。
  何を企んでいるのだろう?
  何を……。
  「最初から私を利用していただけの人に文句を言われたくはないわ。私は仲間だったの? 知らなかった」
  「駒の分際でっ!」
  「駒ね。駒もたまには自分で動きたくなるものなのよ」
  「戯言はいいわ。出てってっ!」
  「聞く事を聞いたらね」
  「聞く事?」
  「ミディア。ワーナーの居場所を教えて。そうしたら解放するわ。約束する」
  「嘘よ」
  「嘘じゃないわ」
  「どっちにしろ意味がないわっ! 治療薬がないと私達はいずれ死ぬんだからねっ! 殺すなら殺せばいい、殺せっ!」
  「ミディア」
  「あの赤ん坊は私達を助けてくれるのよっ! アッシャーや奴の取り巻きが私達に今まで何をしてくれたって言うのっ!」
  「赤ん坊を愛する両親から引き離す。それは正しい事? 人として正しい?」
  「私達が助かる為には仕方ないわっ!」
  「ふぅん」
  「赤ん坊が何よっ! 死ぬ事で私達を救えるなら、それでいいじゃないっ! 赤ん坊だからって甘やかす必要なんてない、だから強奪しようと……っ!」
  「知ってたのよね、最初から赤ん坊が治療法だと」
  「当たり前でしょ、馬鹿っ! あの赤ん坊こそ、治療法と自由を手に入れられる唯一のチャンスなのよっ!」
  「その為に赤ん坊に犠牲になれと言うの?」
  「治療法が見つかったとして、アッシャー達がご親切にもそれを教えてくれると思う? 私達に治療を施してくれるとでも? 無理に決まってるじゃない、
  だって死ぬまで働かせる予定の奴隷を治すなんて無駄でしょう?」
  「論じ合うだけ無駄ね」
  はあ。
  私は溜息を吐いた。
  意味は分かる、ミディアの言いたい事の意味は分かる。しかし私の良心が赤ん坊を犠牲にするという理屈を許さない。
  赤ん坊を犠牲にする事が効率的かとかは分からない。
  あくまで良心的な問題だ。
  「ミディア。逆切れはやめて」

  「赤ちゃんに危害を加えるつもりはなかったの。自由の為に誘拐するだけだし、こういう事って仕方ないでしょっ!」
  「さっきは殺すつもりと言った」
  「そ、それは実験の最中に運が悪ければ死ぬって事よ。それは仕方ないじゃないの」
  「仕方ないで済ます問題ではないわ」
  「もう、分かったわよっ!」
  「何が?」
  「全部話すわよっ! 私はどうだってよかったのよ、自由になりさえすればねっ! 赤ちゃんを誘拐しようと言ったのはワーナーよっ! 私はただ自由
  が欲しかっただけでこの街の事も奴隷達も赤ん坊もどうだってよかったのよ。誰が死のうとどうでもいい。先の事なんて考えてなかったのよっ!」
  「それが本音ってわけね」
  ミディアは自由になりたかった。
  その為の蜂起。
  それは分かる。
  だけど結局は同胞の解放とかは嘘だったってわけだ。
  もちろん責める気はない。
  それを煽ったのは別の奴だ。ワーナーが余計な事をしなければミディアが追い込まれる事はなかった。そりゃアッシャーの統治が正しいとも言わな
  いけど私が介入しなければミディアは命を落としていただろう。
  結末を軌道修正するとしよう、私好みに。
  「ワーナーはスチールヤードに隠れてるらしいわ。廃工場よ、南西にあるわ」
  「南西」
  やっぱりスチールヤードか。
  結末を紡ぐとしよう。
  この街は私の街ではないけどここまで関った以上、結末が必要だ。
  それにワーナーは私を拉致った張本人だ。
  報復は必要ですとも。
  「これで満足? さあ、もう出てってっ! 哀れみの目で、そんな目で私を見ないでっ!」
  「解放するように上奏はするわ」
  「あら良心的なのね」
  「皮肉な言い方ね」
  「ふんっ! ……精々後ろに気をつける事ね……」


  奴隷達はダウンタウンに押し返され現在監視されている。身動きは出来ない。
  別働隊として動いていた連中もデリンジャーに潰されたし、ワーナーの片腕的な立場のジェリコは拘束、ミディアもまた身動きが出来ない。
  ワーナーの手勢はほぼ潰したはず。
  一気にスチールヤードに討伐に出るとしよう。

  さあ、最高のフィナーレをっ!